日本初なまこ石鹸を開発した海生堂です。昭和56年創業、沖縄の自然を原料に、オジー・オバーの知恵に習った手作り商品の製造

元祖:「モリンガ石鹸」「なまこ石鹸」 有限会社海生堂 代表取締役 比嘉明

     海生堂公式ホームページはこちら⇒モリンガやなまこの手作り石鹸 「海生堂」

2019/10
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海生堂比嘉明
     有限会社海生堂
    代表取締役 比嘉明

       ごあいさつ

 生き物全てが海から生まれてきたそうですね。だからよく「母なる海」とか言われるのだと思います。
 私は沖縄に生まれ沖縄で育ちました。沖縄の素晴らしい自然と人を生かし、人に喜んでもらえる仕事がしたいと思っていました。
 「海生」って=沖縄の海を生かした(活用した)。と言う意味ですか?と時折聞かれますが、それは違いまして、私は=海によって生かされている自分達がいる。自然の産物がなければ生きらない。海に感謝しよう!・・・と言う意味で社名をつけました。

 ・・(有)海生堂の起業前になりますが、飛行機内から眼下に広がる沖縄の海を見ていました。
見慣れたヤンバル(沖縄本島北部地域)の海が眼中に入ってきた瞬間に「なんてきれいなんだろう・・私達、人間はこの海に生かされているんだなあ・・・私達はどこから来て、何処から生まれ、そしてどこへ還っていくのかなあ・・・この自然のメッセージは何を伝えようとし、私に何ができるのだろう」・・・との思いが胸中にこだましました。

 20代の頃、故郷沖縄を離れ東京に住み、様々な仕事、事業を経験しました。都会には夢がある、経済的、物質的、欲望を満たすものがたくさんあることを知りましたが、逆に故郷沖縄の南国時間の流れ方、沖縄の伝統・文化・自然へのやさしさ・つながりの大切さを再認識させてもくれました。

 「私達人間の全ての起源は海に在り、また自然界は海と共に海に生かされている。眼に見えるもの見えないもの含め全ての五感が自然のリズムと一体であり宇宙のリズムも同じ法則で動いてる。それを生命のリズムと言う。全ての命は過去より未来に渡る流れの中で自然と問答しながら生きている。」

 ・・そんな思いを込めて、身近にあった海に感謝し、自然からの材料で商品を開発いたしました。沖縄の民謡を流しながら、沖縄全てを染み込ませながら、感謝の思いを込め、1つ1つを手作りで真心込めて作っています。これからも本物を作り続けたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

沖縄の言葉

沖縄の言葉沖縄には様々な方言があります。
例えば、沖縄本島の恩納村(南恩納村)あたりで北と南の変化があります。(言語線と呼ばれています)
主に沖縄方言と言われているのは南部の首里あたりの方言で、
貴族の方言とされ一般化しています。

本島の北は言葉の語尾にぱ・ぴ・ぷ・ぺ・ほが付くのが特徴です。
また南部地方に比べて早口であることも特徴ですね。

沖縄県でもその言葉使い・アクセントで、大体何処出身かわかります。
これは沖縄そばも同じで
作る村・地方で麺・出汁の取り方が違い、
食べると作った人の出身地がわかります。

言葉の例えで、本土の日本語で「ありがとう」と言う言葉が
本島方言では「にふぇーでーびる」
又「有難う御座いました」の丁寧語になると「にふぇーでーびたん」となります。

ところが宮古地方に行くと(言語線の影響)
「たんでぃがーたんでぃ」が「有難う」と言う言葉になります。
この「たんでぃがーたんでぃ」を「たんでぃがたんでぃ」と
短く早口で話すと「大意変な事態」の意味になります。
難しいですね。

ところで、皆さんは「沖縄」と言う表現と
「琉球」・「うるま島」と言う言葉で沖縄地方を指すのを
お聞きになったことはありますか?

そしてどの表現が古い表現と思いますか?
だいたいの方が「琉球」の表現が古いと思っているみたいですが、

一説には「沖漁」→「うるま島」→「琉求」→「琉球」→「沖縄」と
呼び名が変わってきていると言う説があるのです(さまざまな説はある)。

OOOま島と「ま」の文字がつく島々はサンゴが隆起して出来た島名と言われています。
「うるま島」「けらま諸島」「鳩間島」「波照間島」「池間島」「小浜島」など等・・

13世紀以前の沖縄人は、
地元の名前を地方名(ぐしちゃん・あがいとぅくま)などの
今の村にあたる場所名を使用していたようです。

また、「海遊民族(かいゆうみんぞく)(海で暮らしていた民族){仮説}」があります。

(ニライ・カナイ(黒潮が回遊している潮の流れのことで
神がやって来る海の彼方の理想郷を意味するのですが、
島の東部に位置する集落では東の彼方であったり、
島の西部に位置する集落では西の彼方であったり、
更には海底や天空であったりとか、
地域や時代によっても大きく異なります。)からやってきて貿易や、
他国を知らない沖縄人たちに
中国や・東南アジアの産物と言葉・民話などを継承していったと言う説があります)

なぜ海遊民族(仮説)と言う人々がいたのと言われているのか?
それは、一番有名なのは「はごろも伝説」です。通信手段の無かった13世紀以前より黒潮が海流している島々に同じ頃から羽衣伝説の民話が語りつがれているのです。
誰かが伝えない限り、同じ民話が同じ時期に伝わったのは、伝えた人々がいたであろう、との見解です。(アスカの地上絵やエジプトのピラミット建設等も未だに解明されていないですね・・不思議?)

不定期に潮の流れでやってくる海遊民族(仮説)のことを
沖縄人は「海からやってくる神様」と思ったようです。

そして自分の浜にも村にも海の神様がきて、
物々交換をする中でいろんな知識、教養を学んだようです。
その神に「いつも来てもらい」為に
海の近くに「うがんじゅどぅくま」(拝み場所)を石に堀りました。

今でも各地に残っています。
その神を祭り祝ったのが「海神祭り」(ハーリー)と言う方もいます。
(ハーリーの起源・呼び名などは他説諸々有り)

ハーリーの現在の定説は今から約600年前の琉球王朝時代に、中国から伝来したというのが定説。五穀豊穣、無病息災、航海安全を祈願する琉球王府の大々的なイベントであったため、またたく間に本島各地へ伝播。宮古、八重山地方には、糸満の漁夫たちによって広められたという。

そしてなぜ沖漁(オキナパ)と言う呼び名が一番古い呼び名だったという仮説があるか?と言うと
海遊民族(仮説)が沖縄地方のことを海の上での漁場と記していたようです。

その頃は、まだ「は・ひ・ふ・へ・ほ」と言う発音がなくて
{ぱ・ぴ・ぷ・ぺ・ぽ}の発音が主流で、
沖縄ではなく沖漁(おきなぱ)と呼ばれており、
海の沖にある良い漁場と記されそう呼ばれていたそうです。
その名前を聞いた沖縄人は
「ここはオキナパ」と言うことを知ったと言われています。(文献には無い仮説)

他説:「琉球」の表記は、『隋書』「卷八十一 列傳第四十六 東夷傳 流求國」(7世紀)が初出で、その後「瑠求」(『元書』)などと様々に表記され、「琉球」に落ち着いたのは明時代以降である。明以前の「琉球」が現在の沖縄県周辺を指していたかは判然とせず、台湾を指していたという説や、あるいは単に中国大陸の東方にある(日本以外の)島々を漠然と指していたという説もある。

「沖縄」という漢字は日本側からの日本語的な当て字であるが、これは新井白石の『南島誌』(1719年)が初出で、これは新井が長門本『平家物語』に出てくる「おきなは」に「沖縄」の字を当てて作ったと言われている。

なお古来中国では沖縄本島を「大琉球」、台湾を「小琉球」と呼称していたため、両者が史書等で混同されることも多かった。

1187年:琉球史書に初めて実在の王として現れるのが、舜天王です。王といっても、実際はその支配力は沖縄全土にわたるほどではなく、浦添を中心に多くの按司(=豪族)を従える按司主(アジヌシ)だったのではないかと予想されます。

舜天王統は3代続きます。 その次に浦添王となったのは、恵祖按司の子で「てだこ(=太陽の子)」と呼ばれた英祖王でした。英祖王は田畑の境界線を定めて農業の生産性を高め、久米島や慶良間、伊平屋諸島も支配下に置いたと言われます。

英祖王統が5代続いたのち、察度という人物が浦添王になります。察度は天女の母親から生まれたという伝説めいた出自を持ちますが、明との初の進貢貿易を行い、明の歴史書に初めて記録された沖縄人となります。察度は貿易を行うために明から技術者を招いて定住させ(=久米三十六姓)、朝鮮、シャム(=タイ)等とも貿易を始めました。

浦添は、耕作に適した広い平野と牧港という天然の良港を背景に、有力な支配者を輩出し、沖縄の中心として栄えました。

後に尚巴志が3山を治め1429年初めての統一王朝を造り上げました。
(足利幕府5代将軍・足利義量(ヨシカズ)の時代、尚巴志は参謀を務める中国人・懐機(カイキ)とともに戦乱の琉球国を平定し、織田信長が1576年に天下布武(てんかふぶ)を実施するより150年前の事になります。)

文献のない頃の歴史にはいろいろな見解はあります。

なまこ石鹸 > メッセージ

「お蔭様で生きる」

「お蔭様で生きる」夏が来れば冬がいいと言い、冬になれば夏がいいと言う。
太ればやせたいと言い、やせれば太りたいと言う。
忙しければ暇になりたいと言い、暇になれば忙しい方がいいと言う。

自分に都合のいい人を良い人だと誉め、
自分に都合が悪ければ悪い人だ悪い人だとけなす。

人間は元々、勝手なものだが、
こいつが過ぎれば、鼻持ちならぬ高慢心となり、
独善排他のわがままの根性となる。

借りた傘も雨が上がったら邪魔。
金を持ったら古い女房は邪魔。
所帯をもったら親さえ邪魔。

義理も人情も愛情も肉親の情けもあればこそ世の人となる。
誰もかれも、どこもかしこも、かさかさ乾ききった味気のないこの頃。
世の人情にしっとりぬれてみたい。

衣食住は昔に比べれば天国だが、上を見ては不平不満の毎日だ。
隣をながめては愚痴ばかり。
何で自分を見つめないのか。

冷静に考えるがいい。いったい自分って何だろうって。
親のおかげ、先生のお陰、世間様のお陰のかたまりが自分じゃないか。

つまらぬ自我を捨てて、感謝する気持ち、許すこころをもてば
世の中はきっと明るくなるだろう。
俺が、私が、のわがままを捨てて、
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こんな文章を読んでどう思います?内値(うちあたい)しました?
「寅さん」みたいだなーって思いました・・って同調した方は
私達は日本は幸せなんだなーと思いますよ。いろんな意味で・・




有限会社:海生堂 代表:比嘉 喜美代
〒番号:901-2114
所在地:沖縄県宜野湾市真栄原2丁目6-19
電 話:098-894-8060 FAX:098-894-8061

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